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じゃあ、運転手は俺が指名しよう。アーデンに指名されたノクトは、渋々と運転席に乗り込んだ。後ろに追いやられたイグニスとグラディオの間に座るノエルは、その狭さに少し眉を顰めた。

「言っておくけど、競争じゃないよ?ちゃんと『俺の後に』付いてきて」

付いてこられなきゃゲームオーバーだからね、なんてまるでこれがゲームだとでも言いたいようで、アーデンは車を発進さた。ノクトも慌ててアクセルを踏んでその後を追う。横を流れる景色を眺めていると、ねぇ、とプロンプトが振り返った。

「ガーディナでも会ったけどさ、旅行でもしてんのかな?」
「旅行で偶然ってのも無理がある。ヤツは俺たちを待っていたんだろ」
「俺もそこが気になる。そして、どこの人間なのかも」
「え?」

バッと勢いよくイグニスの方を向いたノエルに、どうした、とグラディオが声をかける。本当に知らないの?ノエルがイグニスに聞いた。しらないな、エボニーを一口のんだイグニスがそう言えば、ノエルははぁー、とびっくりしたようにまじまじとイグニスを見る。そんなノエルに、イグニスが少し怪訝そうな顔をした。

「どうかしたか」
「いやぁ、イグニスにも知らないことあるんだなって」
「俺だってまだ若い。知らないことの一つ二つぐらいならある」

それに、お前の方が俺より物知りだと思うが。ちらりとノエルを見たイグニスに、えー、そうかなぁ、とノエルは首をかしげた。風に吹かれてなびく髪の毛がバシバシとグラディオを叩く。ちょっと鬱陶しいな、シートポケットからヘアゴムを取り出したグラディオが手早くノエルの髪を束ねた。ゆるく編まれた三つ編みに、へぇ、とプロンプトが感嘆の声をあげる。

「グラディオって、結構器用だよねー」
「あ?」
「だってノエルの髪三つ編みにするの一瞬じゃん」
「言われてみれば確かに」
「でしょ?」

そう言われてこちらを見る四つの目に、あー、とグラディオはガシガシ頭を掻く。イリスがな、と吐き出した言葉に、あー、と二人は納得したように頷いた。林を抜け、カーテスの大皿の内部に入る道路に差し掛かるも、前を走るアーデンの車はそれを通り過ぎてまっすぐ走る。その後をついてしばらく、アーデンの車はカーテスの大皿が望めるコルニクス鉱油のカーテス支店に入った。後をついて入り車を降りれば、アーデンは付いてきたノクト達にニッコリと手を振る。

「今日はここで休むよ」
「おい、目的地はどうなったんだ」
「焦らなくても逃げないよ」

困ったように肩を竦めたアーデンに、そういうことを言っている訳では無いんだがな、とイグニスが呆れる。どうやらここで一晩越すことになったらしい。近くの標にテントを立てるか、と車からキャンプ道具を取り出そうとしたグラディオに、悪いけど、とアーデンがそれを遮る。外が大嫌いらしく、お金を出すから今日はキャビンに泊まろう、と後ろにあるキャビンを指差したアーデンに、じゃあそうしようか、とプロンプトが振り返るが、ノエルはその言葉を無視してグラディオの手からキャンプ用具を取って歩き出した。あれ?俺の話聞いてなかった?こてんと頭をかしげたアーデンに、ノエルは振り返る。

「見知らぬ男性と同じ空間で寝れる図太い心は持ち合わせていませんので」
「冷たいねぇ…」

では、と言って歩き出したノエルを呆然としながら見送っていたノクトは、ハッとして今日は俺キャンプにするわ、と一言イグニスに声をかけてからノエルを追いかけた。追いついて隣に並べば、あれ?とノエルに不思議そうな顔をしてノクトを見た。

「どうしたの?」
「俺も今日テントで寝る」
「めっずらしー、テントあんま好きじゃないのに」
「……空、星綺麗だし」
「ふぅん?」

可笑しそうにクスクスと笑うノエルに、ノクトは少しカチンと来てぺちんとノエルの頭を叩いた。







パチンパチンと拾ってきた薪の火が小さく爆ぜる。焚き火に新しい枝を投げ入れたノクトに、食後のコーヒーをノエルが持ってきた。それを受け取って一口飲む。インソムニアにいた頃によく飲んでいた懐かしい味に、ノクトは目を細めた。

「どうかした?」
「いや、懐かしいなって思って」
「ふーん」

イグニスがいつも淹れるのはエボニーコーヒーである。まあり美味しくないと思って飲んでいるが、イグニス本人は至って美味しいと思って飲んでいるらしい。あんなに素晴らしい料理が作れるのに、なんでエボニーコーヒーが美味しいと思うんだろうか、いつかプロンプトがそうこぼしていたのを思い出して、ノクトは眉をひそめた。きゅっと眉間に寄った皺をノエルがつんとつついた。

「なーに百面相してんの」
「…別に」
「あっそ」

隣に座ったノエルはうん、と背伸びしてノクトに寄りかかる。さらりと流れた髪を鬱陶しそうに掻き上げたノエルはポケットに入れていたヘアゴムで手早く髪の毛を結んだ。

「髪、切ろっかな」
「なんで」
「邪魔じゃん、野宿増えるだろうし。髪の毛あっても邪魔だよ」
「ハゲにすんのか?」
「ふざけんな」

ニヤリと笑ったノクトの鳩尾に、ノエルの拳が綺麗にめり込む。腹を抑えて丸くなったノクトを見て、溜飲がおさまったノエルはスッキリとしていた。視線の先には夜でも明るく光り続けるカーテスの大皿がある。明日はいよいよそこに向かうことになっている。闇に包まれようとされている世界を救うため、そのために必要な六神の力を集めるため。今も尚絶え間なくノエルの脳内に話しかけてくるタイタンは、ルナフレーナに会ったこと、話したこと、そしてノエルを心配しているとしきりに訴えてくる。その話もそろそろ聞き飽きたなぁ、ふぁ、と欠伸をするとノクトがこちらを見た。

「もう眠いのか?」
「うーん、そうみたい」

んじゃ寝るか、テントに入ったふたりは、いつものように身を寄せあって寝た。







「あ、ちょっと待って」

翌朝。カーテスの大皿へ向かう準備を終え、車に乗り込もうとした一行をアーデンが呼び止めた。どうした、と動きを止めた一行に近づいたアーデンは、ノエルの腕を引っ張った。

「君はこっち」
「え?」

困惑した顔のノエルに、いいから、とアーデンは車のドアを開けて載せる。こんなにぎゅうぎゅうで男しかいない車に載せられちゃ、窮屈でしょう?全くもってその通りなのだが、別に文句などはなかった。ノクトやグラディオが警戒して一歩踏み出そうとするが、いいよ、とノエルが言ったことにより動きを止めた。アーデンのエスコートで車に乗ったノエルは彼らを振り返り、何かあったら連絡するから、と笑った。こうなったらてこでも動かないのを知っているノクトは、わぁーったよ、と返事してノクトは運転席に乗った。車はゆっくりと発進する。風を切り、カーテスの大皿の中心に近づいていく。アーデンの車で、ノエルは頬杖をつきながら外をぼんやりと眺めている。

「どうぞ」
「…え?」
「紅茶、飲む?」
「あ、ありがとう、ございます」

カシュ、とプルタブを開けて一口飲む。ほんのりと甘味を持ったそれが喉を通る。インソムニアの外にある車は小さいが思いのほか乗り心地は良い。将来こんな車を買うのもありかな、なんて思っていると、ねぇ、と声をかけられた。

「はい?」
「きみ、彼のこと好きでしょ」
「………はい?」

なんで?声に出していたのかも定かではないが、アーデンはそれが聞こえていたように、だってバレバレだもん、とカラカラ笑った。

「でも残念」
「…………」
「彼、死んじゃうよ?」

まるでノクトの身に何が起きるのか知っているような口ぶりだ。随分じっと見ていたらしい。その疑い深い目で見つめないでね?からかうように言って、アーデンはおっと左折だ、なんて言ってハンドルを動かした。

「君の大好きな彼、死んちゃうんだよ」
「………そう、なんですか?」
「そう、でもね、」
「?」
「彼を救う方法なら一つだけあるんだ」
「は?」
「それには君の力が必要なんだ」

どう?俺と一緒に彼の事救ってみない?どことなく胡散臭い顔をしたながら運転に戻ったアーデンの横顔を、ノエルはしばらくじっと見つめていた。
奇妙なドライブ